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アサドリの日記帳です。主にロックマンと日常。



勉学でも絵でも歌でも何でも、すごいなあと思う人がいると
その人のおでこの辺り(後ろ姿なら後頭部)をみる癖がありまして。

ああこの脳みそからこの人のワザが生まれるんだなと。

何と言いましょうか、確かに働いているんだけど目には見えない、
そんな不思議さへの感嘆もあり、
まさに自分が見ているコレ(見えないけど)から
あの色んなものが引き起こされてくるんだなあという感慨もあり。

だから、もし私としゃべってて私の目線がやや上に向いてる感じがしたら
私があなたの脳に感動している証拠です。

新手の殺し文句にならんかな。ならんかね。
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下のおバカ日記執筆直後、あんまりな事態にうろたえたので
トラックバック初挑戦もかねて。
最近急に聞くようになった、中国のれんが工場強制労働事件についてです。

 「拉致された子、強制労働 中国当局600人保護」
 (2007年6月18日(月)gooニュース、その続きはAsahi.com
  ※リンク切れの際はキャッシュから→gooニュースAsahi.com

打ちのめされるのはAsahi.com記事内のこの部分。
 調理学校を卒業した男性は3月7日深夜、鄭州市で料理店の面接を終え、駅付近の長距離電話がかけられる店で休んでいた。見知らぬ男3人が近づき、「何の仕事ができる」と聞いてきた。男性が「調理師の資格がある」と言うと、男たちは「ちょうどいい。レストランを経営しているから働かないか」と誘った。

 男性は誘いに応じ、ワゴン車に乗った。勧められた飲料水を飲むと、強い眠気に襲われた。睡眠薬が入っていたらしい。翌日午後に目をさますと、れんが工場にいた。

(中略)

 3月8日夜、父親は公安局に捜索願を出した。テレビや新聞に尋ね人の広告も出した。広告を見た男性から「息子が誘拐されて山西省の工場で働かされたが、自力で逃げ帰った」と連絡を受けた。父親は5回にわたり同省を訪れ、買い付け業者を装って200以上のれんが工場を訪れたが、消息はつかめなかった。

 不安が募る中、5月29日、突然息子から電話があった。公安当局の摘発で救出され、病院にいた。父親は全身の力が抜け、泣いた。久しぶりに会った息子はげっそりとやせ、全身やけどやあざだらけ。感情が抜けたように無表情だった。
で、この人がれんが工場で働かされていた3月7日~5月29日までの間
私が何をやっていたのか、慌ててこの日記のログを見てみました。

まず3月7日は日記を書いていなかったので、一番近い3月6日の日記。
ついで、5月29日の日記。
後のやつは一応真面目に書いているようだけど、
この間のを見てみると、いやまあ平和なこと平和なこと。
実家帰ったり病気したり、当たり前に人生を謳歌してる僕がいた。
そのちょうど同じ時期、この人がれんが工場でどんな目に遭ったか、
語るも申し訳ないのでぜひ記事をお読みください。

自分が呑気に生きてるのとこんな事態が起こってるのと、
全くの同時進行というその事実に言葉が出ません。
頭ではわかっていたつもりだったのに、世界はそれよりさらに遠かった。
いや、多分私が世界から遠かった。

うつむき加減になりながら、せめてご紹介を。
こういうニュースを読んだときは、その同時期に自分が何をしていたか
日記をお持ちの方は確かめてみると面白いかと思います。

「言葉は人を救えないかもしれないが、沈黙は人を殺す」と聞きます。
きっと、知らないこと、構わないことが一番恐ろしいんだ。
 >>日常  cm:0  tb:  ×




なんか、洛克人大戰のアリエス(おひつじ座)のツノに
プルートがかりかりかりかりかじりついてる構図が頭から離れません。
毛ボスいいね。

そこはお前が絵描けってね。うん。わかってた。

「毛ボス」って概念自体は、旧サイトでずいぶんお世話になった
とあるサイトさんが使ってらしたものなのですが、
今私のサイト(日記含む)でくどくど扱ってるジャンルでもって
本家シリーズにおける毛ボスがほぼカバーされるって気づきました。

・プルート(ワールド5)
・アース(ワールド5)
・ロックマンシャドウ(ロクフォルWS)
・アリエス(洛克人大戰)

ゲームたった3本ですでに4体。しし座のレオも入れれば5体ですよ。
残りの毛ボスはアイスマンぐらいでしょうか。
「ロボット」って制約外せばワイリーとコサックも入るけれど。

毛ボス5体集合絵描きたくなったけど、描けば描いたで誰にもわかんなそう。
しかも微妙にヤなコンセプト。毛かッ、みたいな。




ネタじゃありません。

最近のケータイがアンテナ伸ばさないでも平気ってホントですか?
 >>日常  cm:0  tb:  ×




私と同じかそれより上の世代の人ならわかると思うんですが、
小さいときに憧れませんでした? 通信機。

あの、戦隊モノとかによく出てくる、
ブレスレットとかトランシーバーの形したようなヤツ。
女の子バージョンだとコンパクト型のとかしてるヤツ。
要は仲間同士で声が聞けて、連絡取れるヤツ。
ゴッコ遊びでハンカチ腕に巻いて
「応答せよ応答せよ」とかやったりしませんでした?

小さいころはああいうのが欲しかったんですよ。
なんかこう未来っぽいというか、
「人類の英知を結集した最先端テクノロジー!」の象徴みたいで、
戦隊といういかにも特別なヒトたち専用のツールに思えて
いや、実にかっこよかったんだ。

そんだけ憧れてて、
で、この齢になってふと気がついたんですよ。



あー私それ持ってるな、今。
アレです、携帯電話。



なにかこう、それほど大きな憧れだったものが
何の感慨もなくスルリと日常にすべり込んでることが
不思議というか少々拍子抜けというか。
はて、あのときあんだけ眩しかったはずのあの輝きは何だったんだろう、と。

それが要するにノスタルジアなんだよ、と言われれば
うん、黙ってうなずくしかないのかもしれないんだけど。



そんな、私にとっての夢の未来ツールを当たり前に持ってる今の子たちは
何をもって憧れの道具としているんだろう。

何でも持ってる今の子にそんなものはない、なんてことを
逆説的に言いたいわけじゃありません。
僕らの世代だって上からそう思われてた(いや、「思われてる」)わけだし。

ほんとに知りたい今日この頃なのです。
十年か十五年たって、彼らは何を見て今の私みたいなことを思うんだろう。
 >>日常  cm:0  tb:  ×

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