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アサドリの日記帳です。主にロックマンと日常。



定年を迎えた両親が夫婦で海外旅行に参ります。

'10年韓国 →帰国一ヵ月後、北朝鮮による延坪島砲撃事件発生
'13年トルコ →帰国二週間後、大規模反政府デモ(俗に「トルコの春」)勃発
'14年スペイン →帰国一週間後、W杯で前回王者が開幕二連敗敗退

次はモンゴル行きたいそうです。止めるのが大人の義務だろうか。
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自紙コラムを元にした読売新聞の広告が
通勤途中の駅に掲示されてるのですが、
以前、こんな内容のがありました。
ひとの心を傷つけて
喜ぶ心さびしき者に
聞く耳はなかろうから、
中傷された君に言う。
蠅たちの集まりでは、
蝶も「キモイ」と
陰口をたたかれるだろう。
心ない者たちのうちにも
自分と同じ美しさを探しつつ、
君はひとり、
大人になればいい。

(2008年4月17日 読売新聞「編集手帳」)

むろん正しいです。美しいです。正論です。
が、どうしようもない違和感がありました。
しばらく考えてようやく思い至ったわけです。

なぜ、いじめられている子が「ひとり、大人」であらねばいけないのか。
彼(女)は、ほかの子と同じように子供のままであってはいけないのか。

もちろん、自分を不当にいじめる相手と同じ土俵に降りる必要はありません。
でもなぜ、たった「ひとり」で、耐えねばならないのか?

孤高と孤立無援は違います。
本人が望んで一人を選ぶならそれもいいでしょう。
けれど、救いのない状態に追いやって、置いておくのは周囲の罪です。

このコラムを書いた方にいじめを助長する意図がないのは明らかです。
が、それならせめてもう一歩突っ込んでほしかった。
「負けるな、我々も決して君をひとりにはしない」と、
そこまで書いてほしかったのです。


というようなことを完全に後出しじゃんけんの今、書いておきます。
2008年の段階で書いていたら、何かがちょっとは違っていたろうか。
少なくとも書かないことで、私はあの問題に加担したことになります。
人が死んでからでは遅いのです。
 >>日常  cm:0  ×

2012/04/09  久々



気づいたら年明けておりました。

近所の某回転寿司チェーン店に行ったわけですが、
閉店間際とあってコンベア上の寿司が断末魔。

人気メニューがほぼ一掃は予想してましたが、
普段なら一番人気のはずのサーモンにしてからが
乗ってる生タマネギが完全に力尽きてる上に
これも見るからに水気トんだマヨネーズがしがみ付いてんの。
他にも卵焼き4皿連続とか、さっきから3周もしてる梅カッパとか
食べて! 私を食べて! とアピる元気も誇りもなくした
何かこう、敗残兵死の行軍の様相。

あまりに忍びなくて、私はコンベアから残党狩りに徹するわけですが
それを尻目に、隣のお客さんはカウンターに直接注文してるし。
ラスト、私もついに〆サバ一貫注文出しましたが
出てきたサバのまあ脂乗ってることつややかなこと。

決して回るお寿司の悪口言ってるわけじゃありません
(むしろお世話になってます)が、
この世で一番哀しい食い物を挙げるなら
深夜帯の回転寿司こそそれなんじゃないかと思う次第。
あの連中、廃棄されても祟る気力もなさそうにすら見えてくるのです。

でもって、今回何が一番哀しいって、
そんな時間帯にこの私はなんで独り回転寿司屋にいるのかと。
 >>日常  cm:0  ×




家でとってる新聞(毎日新聞)の投書欄に川柳コーナーがあって
日々まあ色んなのが20首近く載ってるわけです。
その中でももう15年くらい? 前に見た
留守電の亡き母の声すりきれて
というのが、今日に至るまで私の心をえぐったベスト一首
(投稿者名と年月日を控えてなかったのが残念)なんですが、
昨日(10月27日)掲載されてた
ゴミのビン江戸風鈴になりたいな(PN:高田方方/敬称略)
も久々に刺さって仕方ない。


「愛しい」と書いて「かなしい」と読ませた大昔の人は無名の天才だと思う次第。
 >>日常  cm:0  tb:0  ×




本編の前に。
ここ一年半ほど噂のTwitterやってたんですが、
サイトがおろそかになってたのとどうも肌に合わないので
(誰が悪いっていうわけではなく、あくまで仕組みが)、
スパッと思い切るのがいいかなーということでアカウントごとバルスしました。
事前告知はしたものの、直後にアカウント閉じたので
あんまり意味なかった。驚かれた方いたらごめんなさい。
お世話になった皆様有難うございました。急な措置ですみません。
他の活動は(残念ながら)今までどおり煩悩まみれですので、
どうぞ変わらずよろしくお願いいたします。

で、本編。

早速サイトの趣旨から外れていきますが、空飛ぶ金魚の話になります。
具体的にはヤンヤン(右の子)とぎょぴちゃん

いきなり言っちゃうと私金魚好きでして。
正確には、金魚のデザインというかあの外見が好きでして。
その原点がこの2匹のような気がする。

1匹目、ヤンヤンはパンダ金魚です。実在する「パンダ蝶尾」という種類のよう。
「小学三年生」1989年9月号~1990年3月号(他誌は不明)に連載されてた
「こちらヤンヤンパラダイス」(佐藤由惟)というマンガの主人公です。
飼い主・ももちゃん(小3だよね)と夜店の金魚すくいで出会い、
成り行きで飼われることに。

2匹目、ぎょぴちゃんは「ピンク色の空飛ぶ金魚」。
種類は不明というか明らかに非実在金魚ですがもしや……いえ何でもないです。
「なかよし」1989年~1993年に連載されてた
「きんぎょ注意報!」(猫部ねこ)のキャラです。主人公なのか。
飼い主・千歳の家の家宝扱い(時価数億円/!)ですが、
見る限り自由にうろついてる模様。

私が知ったのはヤンヤンが先でした。
友達の家で読んだ別冊コミックに入ってて、パンダ柄の金魚というのがツボで。
ただ数年後アニメで「きんぎょ注意報!」(略称:きん注)見るまで忘れてたんですが。

とにかく面白かったんですよきん注。飛ぶんですよ魚類が。
しかも(食用を除いて)我々のもっとも身近な魚類であるところの金魚が。
話自体もカオスでしたし。牛とか平気で学校通ってましたし。
欲しかったなぎょぴちゃん。関連おもちゃは買ってもらったけど、本物が。
そのあおりをまともにくらって、欲しかったなヤンヤン。本物が。
とにかく、小学3年~6年くらいの私の主成分はそれ一色だった気がする。
今思えば言うまでもなくヲタ道入門でありました
その後、小6でロックマンX2に全てを吹っ飛ばされ
現在に至るまで私のお脳は立派にトんでます。金魚は飛ばなかったけど。

なんでこんな事思い出したかって言うと
今なお残っていた金魚好きDNAに突き動かされてネットあさってたら
ヤンヤンの種族が実在金魚だったのを知ったからで。

でもヤンヤン、マンガは不遇だった。絶版以前にコミックにすらなってなかった。
仕方ないから上野の国際子ども図書館まで行って、全話コピーでさらって来ました。
すごいよ。付録のシール(カラーコピーしたとも)含めても36ページしかない。
他誌に載ってたりしないかな。
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